アーカイブズ、アーカイブズ学で使われる基本的な概念・用語の話のなかで、「出所」(provenance)と「原課」の違いは何か、という質問を受けました。
「出所」とは、provenanceの翻訳であり、国際アーカイブズ評議会アーカイブズ教育部会が編纂した多言語によるアーカイブズ用語集の日本語版によると、
「provenance 記録センター又はアーカイブズ機関に移管される以前に、業務遂行の中で記録を作成、蓄積/維持し、使用した組織又は個人。」
です。「その文書のoriginはどこか、そのように考えてね」という説明も行いました。別の回の公文書管理に関する話の中で、現用、非現用、公文書館への「移管」のところで、日本では「原課」という言葉もよく使われるという話をしたところ、上のような質問が出た次第です。
「原課」–これは、日本国語大辞典、大漢和辞典にも、地方自治百科大辞典にもない。Wikipedia日本語版で「官房」を引くと、次のような説明があります。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%98%E6%88%BF
「なお、官房を除く各局、各部の建制順上の筆頭にある課(筆頭課)は、各局における人事・文書・会計等の総括管理を掌っており、各局における官房の機能を有する。官房、筆頭課に対して、実際の行政事務を掌る各局、各課は「原局」(げんきょく)、「原課」(げんか)と称される。」
(この部分出典の注なし)
あくまで「官房」と対になった呼称のようです。「官房学」はドイツのカメラールヴィッセンシャフトから。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%98%E6%88%BF%E5%AD%A6
「官房」は国家行政組織法、内閣府設置法には出現する一方、原局、原課はともにゼロ。公文書管理法には官房も原課も出てきません。
大森彌『官のシステム』(東大出版会、2006)、東田親司『現代行政と行政改革』(芦書房、2004年)など行政学の文献ではどのように説明されているのか確認してみたところ、後者が第6章「府省内組織とその役割」のなかの「中二階ポストと課レベル組織−課レベルポスト」の項で次のように述べています。
「同じ本省の課長でも筆頭は官房課長であり、次に局の筆頭課長、その次に局の原課の課長という順番で年次的にも配分されている。I種採用者の昇進ポストも最初に課長になるのは原局課長で、これを2〜3箇所勤めて将来性を見込まれれば局の筆頭課長となりさらに官房課長になるコースを歩む。他方、原局課長時代の評価が不十分等で第1グループに入らない場合には、出先機関であるブロック機関の部長や府県単位機関の長に転出していくケースが多い。」(59ページ)
著者自身は行政管理庁に入庁したあと、総務庁行政監察局長を経て退官、本書執筆時点では大東文化大教授。これ以前のページに「原局」「原課」の説明はないので、官僚にとってはあまりにも当たり前で、説明するようなものではないのかもしれません。Wikipediaに典拠資料がないのもこのあたりに由来するのでしょう。
一方、Ciniiアーティクルで「原課」を全文検索すると、203件ヒットします(2020年7月12日)。
すべてがアーカイブズ学関係ではありませんが、地方自治体における文書管理関係の論文がいくつかあります(嶋田 典人「地域記録の作成・保存・利活用 : 法整備と組織体制・運営」など)。ほかに上川陽子元法務大臣の講演録にも1箇所登場します。
国の機関に勤務している人に聞いたところ、「原課」とは「官房」(あるいは「総務」など省庁内の秘書的な部門)以外を指す言葉で、省庁の職員なら100%知っているだろうということでした。
そういうわけで、国レベルの行政機関と地方公共団体では「原課」という言葉の意味は異なっているようです。そこで、全国歴史資料保存利用機関連絡協議会(全史料協)が発足1976年(昭和51年)から委員会体制に移行する前年の1994年(平成6年)度まで同協議会の事務局を担当した埼玉県立文書館の主任専門員の太田富康氏(館内で全史料協事務局を担当したのは1989年(平成1年)度から1993年(平成5年度)、同氏は今年度のアーキビスト認証委員会委員)にうかがってみました。
太田氏は今年3月で通算37年間の埼玉県職員生活を送られています。以下のように説明をうけました。
—–
「原課は「当該文書等に係る事案を所掌する課及び所」という意味で使い、それで混乱なく通用してきました。それは県での仕事でも全史料協等のアーカイブズ界の場においても、です。たとえば、当館は永年保存文書を現用のまま「管理委任」という形で預かっています。
文書の流れは、原課→文書課→文書館、です。
それらの文書のうち、情報公開条例上非公開となっているものを見たい、と言われたときに「その判断、権限は原課にあります」とか「原課に聞いて下さい」というように使います。あくまで「原課」は文書課でも部局の筆頭課でもなく文書を発生させた元の課を指して使ってきました。
ただ、これはいわゆる「俗語」と思っており(埼玉県の法規DBで検索しても出てきません)、正式な場や文章、講師などでは「主務課」を使ってきました。
全国的にこの用語がどれだけ普遍的かは確認したことはありませんが、埼玉県の文書規則ではそのように定義があり(前述の「原課」の意味はその引用です)、埼玉県地域史料保存活用連絡協議会(埼史協)の研究会でも市町村の人から同じ使い方と教えて貰い、埼史協の文献でもこの「主務課」を使いました。
なお、「主管課」というのは、埼玉県の行政組織規則では各部の筆頭課(とりまとめ課)をいいます。企画財政部では企画総務課、福祉部では福祉政策課などがそうです。
ただ、私は「文書主管課」「文書管理主管課」というような使い方もよくしていますし、よく使われていると思います。
「部」という組織のとりまとめではないですが、文書事務という業務の県(知事部局)全体のとりまとめ課、すなわち、例規で言えば、公文書管理法や文書管理規則を主管する課、というような意味合いで、です。
——–
とのことでした。太田氏のご説明にあるように、これは「俗語」なのでしょう。アーカイブズや公文書管理の話に初めて接した人、とくに役所外の人々には「原課」というのはよくわからない、疑問に思う言葉の一つかもしれません。じっさい自分がそのような質問を受けたのでここに記録しておきたいと思いました。
なお、「出所」に関しても、その意味合いについていろいろご教示いただいたので、別の記事として後ほどまとめられたら、と思っています。
【参考】
Multilingual Archival Terminology
The section on Archival Education (SAE) | 13 March 2012
International Council on Archives
https://www.ica.org/en/online-resource-centre/multilingual-archival-terminology
Multilingual Archival Terminology
http://www.ciscra.org/mat/
日本語
Multilingual Archival Terminology
http://www.ciscra.org/mat/mat/termlist/l/Japanese
「出所」
Multilingual Archival Terminology
http://www.ciscra.org/mat/mat/term/4007
全国歴史資料保存利用機関連絡協議会(全史料協)
http://www.jsai.jp/
新井浩文「埼玉県地域史料保存活用連絡協議会(埼史協)40年のあゆみ」http://www.archives.go.jp/publication/archives/no057/4156
埼玉県立文書館「埼玉県地域史料保存活用連絡協議会(埼史協)」
https://monjo.spec.ed.jp/%E5%9F%BC%E7%8E%89%E7%9C%8C%E5%9C%B0%E5%9F%9F%E5%8F%B2%E6%96%99%E4%BF%9D%E5%AD%98%E6%B4%BB%E7%94%A8%E9%80%A3%E7%B5%A1%E5%8D%94%E8%AD%B0%E4%BC%9A







