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Title: Adventures in Business Records: The Vanishing Archives
Category: Research Article
Journal: American Archivist
Issue: Volume 14, Number 3 / July 1951
Author: Reynold M. Wik
http://archivists.metapress.com/content/t8h17078p0782472/fulltext.pdf
著者はミネソタ州セントポールのべテル・カレッジ所属。研究テーマは機械化、その中でも特に米国農業における電力利用の重要性について、です。著者によると米国のビジネスにおける顕著な側面の一つが機械化にあるということです。
著者は動力機械に関する研究のために機械メーカーの記録資料を必要としたのですが、こういったものは一般の人々の予想とは裏腹に各地の歴史協会や著名な保存機関にはほとんど所蔵されていません。著者の調査によると、
(1) 1850年~1920年の間に約75の企業が農作業のために蒸気エンジンを製造していましたが、地域・州・国レベルのいずれの保存機関にもめぼしい記録は存在しませんでした。
(2) 過去半世紀の間少なくとも125の企業が農園用トラクターを製造していましたが、公的資金を受けた保存機関にはこれらの会社の記録は一切存在しません。
(3) 過去55年間、自動車もしくはトラックを製造していた企業は約1200社存在すると推定されますが、どのアーカイブズ保存機関にも、ある程度まとまった形ではこれらの会社の記録はまったく存在しません。かろうじて自動車会社幹部の個人文書が若干図書館に所蔵されているくらいです。
このような状況の原因は、歴史家も記録資料保存機関の担当者も、企業記録の価値を認識していないことによるものです。たとえその価値を認めたとしても、限られた予算、不十分な保管スペース、担当者をきちんと配置できない、企業人の無理解、といったよく知られた理由から、保存・利用には障害が立ちはだかります。
このように学術研究に利用できる記録資料が公の機関では見つけることができないため、研究者自ら記録の発掘に取り組まねばならない状況です。著者の経験では、農業用機械製造会社の記録が残っている場合は残すための計画によってではなく、もっぱら偶然に今日まで残ったということです。スペース確保のために屋根裏に放置される例などがそれです。1880年以前は事業が小規模で、家族経営的なものであったため、記録物も個人・家族のアーカイブズとして伝えられてきたものが多いという状況です。
19世紀から20世紀にかけて、米国では企業が大規模化したため、各社はファイリング方式を採用するようになりました。この方法は記録を定期的に廃棄するシステムのため、特定の記録(商標、法務、財務など)は永久保存とされますが、それ以外の記録はどんどん廃棄されていってしまいます。そのため社史や社内報などの社内刊行物のため、あるいは裁判における証拠として、過去の記録を集めようとしても集めることができない、という状況に至っています。
ほとんどのメーカーではアーキビストを雇用せずに、歴史にはほとんど関心のない社内の人々が記録を扱っているため、記録の保存利用は捗々しくありません。社内の安全上の理由(大量の非現用の紙の山は火災の原因となる)や、劣悪な保存環境(水漏れスペースに放置)、合併といったさまざまな理由から企業の資料はどんどん廃棄され、消滅しつつあります。
このような経験から著者は、研究のために様々な企業関係者とコンタクトをとる機会が多い研究者自身が、ビジネスマンに対して企業の記録保存の重要性を訴え、必要であるならば寄贈や寄託先になるような資料保存機関を仲介したり、保存機関が受入れることになった際には記録の評価選別にあたって専門知識を活かした助言を行うなど、積極的に記録保存に関わることの必要性・重要性を主張しています。
“In this the research scholar can aid materially by broadening his attitude toward his work. It is easy for him to become too much of an individualist. Traveling from one company to another, he often acts like a lone hunter searching out his quarry but never willing to share his game with others on the same hunt. This self-centered attitude should be displaced by one acknowledging the fact that research is a highly specialized job in a profession which involves definite responsibilities to other students, to education institutions, and to the general public.” (p. 199)
“These suggestions, prompted by my experience in research, are presented in the hope that scholars can be alerted to full participation in cooperative programs pointing toward the solution of our records problem.” (p. 200)
このような考えの研究者(記録資料の利用者)とともに歩んでいけたらよいですね。
スイス・バーゼルの街角で
